3.


わたしにはいま、右足の親指の爪がない。数週間前に爪の半分が剥がれる怪我をし、今日病院で先生が これ取れないかな と引っ張ったら取れた。痛くなかった。快も感じなかったので次同じように怪我をしたら損するだけだな と思う。抜かれた爪、欲しいと思わなかった。何年か後に あの時の爪を蛍光灯に透かして模様を見たかった と思うかもしれない。片足スニーカー、片足クロックスで出勤するのを気に入っている。わたしは裸足だと元気が出る。


何日か前からひとりで歩いているとモラルの葬式が頭の中で流れるようになった。樹々の嗚咽が森に響く のところが好き。


アイシャドウを1日に3つも買ってしまった。アイシャドウをいくつも持つ女に自分がなると思っていなかった。面談で上司に提出した評価書類を見たら上司からのコメント欄に 確かに作業スピードは上がってきたが、まだ計画を十分立てられず遅延に繋がっています と書かれていた。

2.


海があまり響かないからだで悔しい。数年に一度ぐらい 大きな水がみたい と思うが、たぶんわたしは海よりも川が好き。昼間の川がいい。


夜は退屈で嫌だ。夜は足の裏や手があつくて嫌だ。夜は空気が薄くて嫌だ。夜は焦燥感が強くて嫌だ。夜は納得して眠ることができなくて嫌だ。夜はわたしを置いて、みんな眠ってしまうから嫌だ。昼はいいです、それでも。


インターネットで好きな女の人が 結婚したいというか、ずっと親友でいてほしい と言っていて、そう思う。結婚したくない。ひとりでは生きれないので結婚したい。どうしてひとりで生きれないのか、明確に分かりたくない。言語化したくない。恋人が死んで半年が経ったころ、霊能をしている人に あなたは結婚します。子どもも生まれます と言われた。そのときの感情、現在の自分、なんだかすべて嫌になってきた。自分がくだらなくて疲れる。主に女の部分の自分がくだらない。天井とかになりたい。くだらなくてうんざりしていたけど、いまテレビでホトちゃんが笑ってるのみて元気でた。きれいでいたい。ピューロランドに行きたい。酒が飲めるようになりたい。オンラインゲームに夢中になりたい。北海道で豚丼が食べたい。天文台に行きたい。滑舌がよくなりたい。サービスエリアで夜に納得して寝たい。牧歌の里に行きたい。花の写真が撮りたい。通っていた大学の、最上階の書庫でハリーポッターを読んで寝て、読んで寝てをしたい。大学が一番楽でたのしかった。就活で眼鏡を販売している企業の面接を受けたとき 未来の眼鏡はどうあるべきか ときかれて全く言葉が出てこなかった。本当に、全く出てこなかった。おいしい鮭が食べたい。

1.


父の命日を忘れていた。いま、命日が命日という言葉であることを思い出すのにも数秒かかった。


なぜ忘れるのか。父だけではない。今まで生きてきた中で最も性的に魅了された人の命日も、私の人生を最も乱したと感じる人の命日も。


腹が減って居間でケーキを食べていたら、目の前のパンが入っている箱に表記された賞味期限が父の命日だった。


父は自死だ。中学校からの帰り、車道から家の建物までを結ぶ階段を見上げたとき、うまく言葉では言い表せないが、暑い秋の際立ちを感じた。


インターホンを鳴らして、反応はなかった。いつものように家事を一通り済ませて、パチンコに行ったのか。駐車場の車は確認していない。


鍵を開けても反応はなかった。玄関のすぐ横にある風呂の扉が閉まっていた。彼とわたしは度々、人に悲鳴をあげさせ反応をたのしむ趣味がある。半透明の扉越しに、白いTシャツがあるように見える。


分かってるからね と声をかけた。数日前、泣いている母の横で、死ぬしかないと言って布団に入った彼と握手したときのことを思い出していた。温かくて、しっかりとした重さがあった。彼から差し出してきた。


父は手と足を紫にしてぶら下がっていた。握りしめられた拳は岩石のようにかたく見えた。わたしが帰る30分ほど前に実行していた。そのとき、わたしは学校の土間で 今日は気分じゃないから部活は行かない と同級生と話をしていた。


あの紫をいま鮮明に思い出すことができれば、何かを踏みとどまれる気がする。かたい膜に守ってもらえる気がする。


そういえば、と小学生のとき父と家で フレディvs ジェイソン を観たのを今日思い出した。当時のわたしはその不気味さにかなりストレスを感じ、あまり記憶がない。今日インターネットで少し検索をしたらあれはギャグだと言う人たちがいた。ひとりでみる自信はまだないので、グロテスクで不気味な作品が好きな人、よければわたしと観てください。


ホラーに触れると安心する。生きものとしての潤いを吸収できる感じがする。数年前のお盆、ノーエンドハウスを1日中観ていたときに流れていた時間はよかった。