1.


父の命日を忘れていた。いま、命日が命日という言葉であることを思い出すのにも数秒かかった。


なぜ忘れるのか。父だけではない。今まで生きてきた中で最も性的に魅了された人の命日も、私の人生を最も乱したと感じる人の命日も。


腹が減って居間でケーキを食べていたら、目の前のパンが入っている箱に表記された賞味期限が父の命日だった。


父は自死だ。中学校からの帰り、車道から家の建物までを結ぶ階段を見上げたとき、うまく言葉では言い表せないが、暑い秋の際立ちを感じた。


インターホンを鳴らして、反応はなかった。いつものように家事を一通り済ませて、パチンコに行ったのか。駐車場の車は確認していない。


鍵を開けても反応はなかった。玄関のすぐ横にある風呂の扉が閉まっていた。彼とわたしは度々、人に悲鳴をあげさせ反応をたのしむ趣味がある。半透明の扉越しに、白いTシャツがあるように見える。


分かってるからね と声をかけた。数日前、泣いている母の横で、死ぬしかないと言って布団に入った彼と握手したときのことを思い出していた。温かくて、しっかりとした重さがあった。彼から差し出してきた。


父は手と足を紫にしてぶら下がっていた。握りしめられた拳は岩石のようにかたく見えた。わたしが帰る30分ほど前に実行していた。そのとき、わたしは学校の土間で 今日は気分じゃないから部活は行かない と同級生と話をしていた。


あの紫をいま鮮明に思い出すことができれば、何かを踏みとどまれる気がする。かたい膜に守ってもらえる気がする。


そういえば、と小学生のとき父と家で フレディvs ジェイソン を観たのを今日思い出した。当時のわたしはその不気味さにかなりストレスを感じ、あまり記憶がない。今日インターネットで少し検索をしたらあれはギャグだと言う人たちがいた。ひとりでみる自信はまだないので、グロテスクで不気味な作品が好きな人、よければわたしと観てください。


ホラーに触れると安心する。生きものとしての潤いを吸収できる感じがする。数年前のお盆、ノーエンドハウスを1日中観ていたときに流れていた時間はよかった。